1960年代ソウルのシャウター達
まずはサザン・ソウルからです。
サザン・ソウルのシャウターと言えば、まずはソウルの王様、メンフィスのスタックス/ヴォルトのオーティス・レディングが挙げられます。
スタックス/ヴォルトは南部のテネシー州メンフィスのレーベルです。
ソウルの王様は2人いて、このオーティス・レディングとジェームス・ブラウンです。
オーティス・レディングは基本は典型的なシャウターなのですが、がなり声のネイゾルのシャウトと、元はアフリカの発声法のマウスレゾナンスも得意としています。
この曲は、ほぼシャウトオンリーですが、シャウトにマウスレゾナンスを組み合わせています。よってソウルフルでありながらもサザン・ソウルらしくブルージーな歌声です。そして歌い方も、これぞサザン・ソウルという歌い方です。
オーティス・レディングは黒人ロックンローラーでシャウターのリトル・リチャードと、マウスレゾナンスを得意とする元祖ソウルマンのサム・クックに影響を受けていました。
いかにもリトル・リチャードから影響を受けた感じのシャウトです。そしてサム・クックの曲をカバーする事を好みました。
オーティス・レディングは南部のミシシッピ州産まれです。
音源は1965年にオーティスが、サム・クックの1964年の曲をカバーしたバージョンのライブ音源です。
オーティス・レディング
そして同じくサザン・ソウルのメンフィスのスタックス/ヴォルトのウィルソン・ピケットです。
スタックス/ヴォルトは南部のテネシー州メンフィスのレーベルです。
ウィルソン・ピケットは、ソウルの王様、オーティス・レディングに勝るとも劣らない名シャウターです。
ウィルソン・ピケットも黒人ロックンローラーでシャウターのリトル・リチャードに影響を受けていました。
見事な、がなり声のネイゾルのシャウトです。
ウィルソン・ピケットもサザン・ソウルらしくブルージーですので、シャウトに、元はアフリカの発声法のマウスレゾナンスを組み合わせています。
これはオーティス・レディングやウィルソン・ピケットだけに限らずに、大体のシャウターはシャウトにマウスレゾナンスを組み合わせています。
ウィルソン・ピケットはバラードでのシャウトの名歌唱もありますが、代表曲であるアップテンポの、この曲を選びました。
この曲でのウィルソン・ピケットは、前半はマウスレゾナンス主体ですが、サビや後半でシャウトが炸裂しています。
ウィルソン・ピケットは南部のアラバマ州産まれです。
音源は1965年の曲です。
ウィルソン・ピケット
ここからはノーザン・ソウルです。
まずはノーザン・ソウルのシカゴ・ソウルのレーベルとしても知られる、シカゴのチェスのエタ・ジェイムズです。
チェス・レコードは北部のイリノイ州シカゴのレーベルです。
チェス・レコードはマディ・ウォーターズが看板のブルースレーベルですが、黒人ロックンローラーのチャック・ベリーや、このエタ・ジェイムズの様なソウルシンガーも在籍していました。
エタ・ジェイムズは元はブルースシンガーでしたが、デビュー当時からドゥーワップ調の曲も歌っていましたので、ブルースとソウルの二刀流のシンガーです。そして女性ソウルシンガーのパイオニア的な存在です。
デビュー前はゴスペルシンガーで、晩年はゴスペルシンガーに戻りましたが、R&Bとブルースも歌っています。
そしてエタ・ジェイムズは、がなり声のネイゾルのシャウトを使う、女性ソウルシンガーのトップクラスのシャウターです。
この曲はエタ・ジェイムズの代表曲ですが、スタジオバージョンではあまりシャウトを使っていません。ライブではシャウトを使いまくっていますので、このライブバージョンを選びました。シャウト以外で歌っている箇所は、パワフルな声のネイゾルのクライングを使っていて、文字通りに泣き声に近い歌声でソウルフルです。
エタ・ジェイムズはカリフォルニア州ロサンゼルス産まれです。
音源は1962年の曲です。
エタ・ジェイムズ
最後は同じくノーザン・ソウルでも、デトロイトのモータウンのマーヴィン・ゲイです。
モータウン・レコードは北部のミシガン州デトロイトのレーベルです。
マーヴィン・ゲイは、やはり1970年代に独自の歌唱法を完成させ、名歌唱が多いのですが、1960年代にもシャウトの名曲があります。その曲を貼ります。
1970年代に独自の歌唱法を完成させたのは事実ですが、1960年代のマーヴィン・ゲイの歌唱法も、独自の歌唱法として十分に完成されています。この頃は楽曲がモータウン色が強かったという事は言えます。
マーヴィン・ゲイは、がなり声のネイゾルのシャウトは部分的に使うという感じのシャウターですが、基本は、元はアフリカの発声法のマウスレゾナンスを使っています。
マーヴィン・ゲイはワシントンD.C.産まれです。
音源は1968年にマーヴィン・ゲイが、グラディス・ナイト&ザ・ピップスの1967年の曲をカバーしたバージョンです。
そして大ヒットしました。
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